うねる山道をようやく抜けて、大通りに出た頃には日が落ちかけていた。灰色の厚い雲を広げた梅雨空は、夜の薄膜の隙間からひたひたと雨粒を溢す。曇りのち雨。最近外れてばかりだった天気予報も、今日は当たったようだ。
「寒くねぇすか」
雲が流れていく様をぼんやり見ていると、運転席からちらりと気遣わしげな視線が寄越された。
「ありがとう、万里くん。大丈夫だよ」
寒がりな俺のために、エアコンの温度は高めに設定されている。その上、後部座席にはブランケットまで備え付けられていて、至れり尽くせりすぎるくらいだ。
「それより、運転代わろうか?」
行きも帰りも運転させっぱなしというのも申し訳なくて、そんなことを言ってみる。けれど、もう一度ちらりとこちらを見た後で、俺の申し出は丁重にお断りされてしまった。
ペーパードライバー歴5年以上という輝かしいゴールド免許保持者の俺の運転技術は、お世辞にも優れているとは言えないし、左ハンドルの車を操れるとも到底思えない。お姉さんの大切な車に傷でも付けてしまった日には……と、そこまで考えていたのが顔に出ていたのかもしれない。まだ初心者マークが付いているとはいえ、技術も経験もとうに万里くんの方が上だから、ここはお任せするのが吉ということにしておこう。
物凄く甘やかされている、と思う。俺の方がずっと年上なのにな、とも思う。それでも、万里くんは俺を甘やかすのが好きらしいから、俺も最近は素直に甘えることにしている。そうしていた方が、この年下の恋人が甘えたくなったときに素直になれるんじゃないかと思っているからだ。俺だって、彼が必要なときはいつでも存分に甘やかしてあげたい。年上の矜恃というよりは、単に恋人として。
しっとり馴染むシートに深く身体を預け、ラジオから流れてきた印象的なギターのフレーズを鼻歌でなぞった。
「ご機嫌っすね」
「ふふ、今日のお店が期待以上だったからね」
「コーヒー美味かったし、何より雰囲気あって良かったよな」
運転の練習に付き合うという名目で万里くんが連れて来てくれたのは、以前雑誌で見た時からずっと気になっていた店だった。天鵞絨町から車で片道2時間半。山奥にある文字通り隠れ家的なカフェだ。
一見廃墟のような建物は、煉瓦ひとつからすべてがオーナーの手作りだったらしい。煉瓦を焼く窯や、蔦が絡まるアーチ。大きな金庫のような重厚な鉄の扉。幾重にも年輪が刻まれた分厚い切り株のテーブル。馬車の車輪がはめ込まれた窓に、天井から吊り下がる色とりどりのランプ。不揃いで、古びていて、それでも不思議と統一感のある空間は、魔法の世界に迷い込んだようで想像以上に心が躍った。
「あーいう至さんが好きそうなの、アンタも結構好きだよな」
「あはは、うん。ゲームは苦手なんだけど、なんだかワクワクしちゃうんだよね」
つい始めてしまった魔法使いのエチュードにも、万里くんはもちろん付き合ってくれた。ヒョウの使い魔なんて、なかなか面白い役のチョイスだ。無駄のないしなやかな肢体は、確かに肉食獣っぽくて、ぴったりだと笑ってしまった。
それから、俺が使い魔だったらどんな動物が良いか、なんてくだらない話をしながら、カスタードプリンとブレンドを存分に楽しんだ。硬めのプリンは俺好みだったし、雑味がなくてキレのあるブレンドは万里くんのお眼鏡にかなった。
「次行ったらいろいろ変わってそうで面白えし、また行こ」
立入禁止のロープが張られた回廊の先は増築中で、完成するのはまだまだ先のこと。サグラダファミリアよりも遅くなりそうだと、オーナーは気さくに笑っていた。
「うん、また行こうね」
思えば、万里くんと先の約束をすることを、前ほど躊躇しなくなった。彼ほどではないにしろ、俺も少しずつ変化しているみたいだ。
車は高架沿いの坂道を登り、高速道路に滑り込んでいく。未完成な世界の続きを思い描きながら、遠く押しやられていく茜色を目で追った。
微睡から醒めると、辺りはすっかり夜になっていた。快調に走っていたはずの車は、長い列の中をのろのろと徐行している。
万里くんはといえば、少し背を丸めてつまらなそうに前を向いている。ハンドルに掛かる人差し指が、音量を絞ったラジオから微かに流れる音楽に合わせてカツカツと鳴った。
いつの間にかかけられていたブランケットを胸元から下ろして、数度瞬きを繰り返す。それで乾いた目は少し潤った。
「ごめん、寝ちゃってた」
「しばらくかかりそうなんで、まだ寝てて良いっすよ」
ゆったりと道路標識が近付いてくる。高速に入ってから半分も進んでいないらしく、先は長そうだ。それはつまり。
「ううん。せっかく万里くんを独り占めできるんだから、寝ちゃうなんてもったいないよ」
二人で出かけた帰り道は、いつもどこか寂しい。あと少し、もう少し、一緒に居たいなんて、同じ場所へ帰るのに可笑しな話なのだけど。
寄り道をしたり、遠回りをしたり、ゆっくり歩いたり。欲張りな俺はそうやって少しずつ彼の時間を奪っては、てらいなく向けられる笑顔や優しい声に赦されてきた。
「そっ……すか」
果たして今日も、万里くんは蜂蜜を溶かしたようなとろりとした微笑でもって、俺に赦しをくれた。すぐに逸らされてしまったのは、存外恥ずかしがり屋な彼らしい。つい笑ってしまったら、隣からやんわりと拳が飛んできた。
いよいよ本降りになった雨が、フロントガラスに打ち付けられてはワイパーに弾かれていく。
綺麗な手がペットボトルを傾けて、喉仏が上下する。前を行く車のブレーキランプが雨粒を拾って、端正な横顔を赤く照らした。
ただ、それだけなのに。
切れ長の目を縁取る睫毛、高い鼻梁から形の良い唇、尖った顎、隆起する喉仏まで、色香を宿す稜線を辿れば、すっかり目が離せなくなってしまった。
前を向いていた万里くんが、むず痒そうに口元を緩めた。
「アンタのスイッチ入るタイミング、マジで謎だわ」
それから、艶っぽい笑みを作る。謎、なんて言いながらも全部見透かされているようで居心地が悪い。それなのに、少しも目を逸らせなくて、鼓動もどんどん速くなっていく。
ハンドルに添えられていた右手が伸びてきて、俺の左手に重なった。親指の腹がするりと甲を撫でる。
「紬さん、明日稽古は昼からっすよね。それまでなんか予定ある?」
「……ないよ」
カラカラになった喉を通ってようやく吐き出した声は、驚くほど掠れていた。
万里くんがハンドルを左に切ると、長い列から弾き出された車体は、緩やかに坂道を下っていく。緩いカーブをひとつ抜けた先、光のアーチを潜ってしまえば、赤い線だけを残して俺たちは雨の夜に溶けていくだけだ。
一層強まる雨の中、海沿いの駐車場の隅っこに車は止まった。夏は海水浴客で賑わうだろう場所も、海開き前の雨の夜となると人影がない。ぽつんと佇む街灯の薄明かりと、エアコンのバックライト、それからスマホの灯り。それくらいで二人には充分すぎる。
「そうなんです。渋滞にハマっちゃって。せっかくだから一泊して、モーニングが有名なお店にも寄って帰ろうかと」
電話口の監督の朗らかな声音に、平静を装って外泊の理由を並べる。モーニングが有名なお店はこれから探して本当になる予定だから、嘘はついていない。渋滞も本当。それなのにこんなにも後ろめたいのは、今俺の股ぐらに万里くんが顔を埋めているからだ。
運転席から身を乗り出した万里くんの肩に左脚が乗っていて、ろくに動けもしない中、張り詰めた性器に熱い舌が絡みついてくる。先走りと唾液で濡れそぼったソコを見せつけるようにねっとりと舐め上げられて、羞恥心をこれでもかと煽られた。絶妙な舌使いは性急ではなく、でも確実にゆるりゆるりと高められていく。それこそ焦らすように。
車を停めて、万里くんはホテルの手配、俺は寮への外泊連絡を分担することにした。出先だったらしい監督は数回のコール音の後、すぐに折り返すと言って電話を切った。その時さっさと要件を伝えるか、LIMEで連絡しておけばよかったのに。
隣で聞いていた万里くんは、もちろん俺が折り返しの電話を待っていることを知っているのに、極上の笑みを浮かべながら、あろうことか俺の下肢に手を伸ばしてきたのだった。制止の声はあっさり無視され、鮮やかな手つきであっという間にベルトを外したかと思うと、大きな手はするりと下着の中にまで侵入する。なんだ、アンタも期待してんじゃん。耳元で囁かれて、かっと頬が熱くなった。
監督からの連絡が入ったのは、万里くんの愛撫にすっかり絆されて下着ごとズボンを剥ぎ取られたころだった。
「……はい、授業と稽古には間に合うように帰りますね」
上擦りそうになる声を、腹に力を入れて必死で抑える。もう、待ってって言ったのに。こんな時ばかり素直に甘えてくるんだから、万里くんは狡い。
「左京さんと十座くんと、あと丞にも伝えてください。はい、はい。よろしくお……あッ、……や、なんでも……ないです。ちょっと手が滑って」
スマホを取り落としそうになったのは、大きな口にパクリと収められた屹立が、強く吸い上げられたからだ。じゅぶ、じゅる、耳に届く水音が電話口に載ってしまわないか、気が気じゃない。
抗議のために空いている方の手でサラサラの髪をかき混ぜたけれど、ちらりとこちらを仰ぎ見て不敵に笑うだけ。これは煽ってしまっただけだと気付いても、もう遅かった。
シートに収まって逃げる場所はなく、背筋を駆け上る快感を逃す術もない。熱を持った中心が万里くんの口腔でやわやわと蹂躙され、腰から溶けていきそうだった。
「そ、それじゃあ、はい、失礼します」
堪らなくなって、通話が切れるのを待たずにこちらから急いで切ってしまった。整列するアイコンと花の壁紙をなんとか確認したところで、スマホは手から滑り落ちて、シートの隙間に消える。
「もう、万里く……っんむ、は、……んん」
かぶりつくような荒っぽい口付けに言葉は吸い取られ、口内に広がる苦さは互いの唾液に塗れてすぐに分からなくなった。呼吸を奪われて息が上がっても、もっと欲しくて仕方ない。舌を擦り合わせると、ざらついた感触に甘い痺れが足先から駆け上がってくる。
「兵頭なんてほっとけっつの」
「だって君の同室だし……やっ、ば、んッ……んぁ!」
意地悪の理由が子供っぽすぎて、万里くんもその自覚があるから、こんなに性急に俺を責め立てる。とんだとばっちりだ。
さっきまで万里くんの口の中でゆっくり高められた熱は今、大きな手の中ではち切れそうに震えている。先端から溢れる先走りを塗りたくって、滑りが良くなった竿からカリ、先端まで執拗に責められる。上下に扱かれるたびに、くちゅくちゅといやらしい水音が漏れて、耳からも犯されていく感覚に肌が粟立った。
「ひぁッ! あ、……も、出ちゃ……からッ、離して、万里くん」
シートが汚れてしまう。なけなしの理性で必死で訴えるのに、万里くんは全然聞き入れてくれなくて。
「や、そこは……ッ! あ、あぁ、やぁっ……!」
それどころか、シャツの裾から手を入れて胸の突起まで弄り始める。
「こっちもすげー勃ってんの、かわい」
くすぐったいだけだったそこは、万里くんにたくさん愛されてすっかり性感帯になってしまって、さっきから衣擦れだけで淡い快感を拾っていた。先端を親指でぐりと押し潰され、人差し指でくりくりと弾かれては、いよいよ中心に溜まった熱が解放されたくて暴れる。だめ、だめ、と言いながら、がくがくと腰が跳ねた。
目の奥がスパークして、こみ上げる絶頂感に身を委ねようとした時だった。一瞬で波が引くように、万里くんはぱたりと動きを止めてしまう。
「あ、ぁ、やだ、なんで……」
高まりきった身体だけが浅ましく震えて、思わず涙が溢れた。
「んな顔すんなよ。汚したくねーんだろ」
ちょっと待ってな。優しく言い聞かせるような物言いも、今は残酷に響くだけだ。後部座席のバッグからぽいと投げられた長財布が、追い縋る手の中に収まった。促されて開けば、カードホルダーの奥に、正方形のパッケージが二つ。二つ、というところが用意周到だ。本来はどちらも彼が使うためのものかもしれないけれど。
運転席のシートを倒してブランケットを敷いた万里くんが、そこに仰向けに身を沈める。手招きされるまま跨って、ベルトのバックルに手をかけた。寛げた前立てから硬い屹立が跳ね上がるように顔を出して、ごくりと喉が鳴る。
低い天井に押し込められて身を屈め、腰を揺すれば、先端がぬるぬると擦れ合った。
「あ、すご……、は、ぁ、んむ……ンン」
だらしなく開いた口に、そろりと万里くんの舌が侵入する。絡めとられ、嬲られ、吸い上げられ、飲み下しきれなかった唾液が溢れて、喉元を通って落ちていく。
「はっ、えっろ……。そんなきもちーの?」
「ん、気持ち良い……」
教え込まれた快楽に従順な腰が止まらない。亀頭が万里くんのカリに引っかかる刺激に、一度引きかけていた波がまた迫り上がってくる。
唇を合わせながら、万里くんは俺の昂りに器用にスキンを被せた。俺もそれに倣おうとしたけれど、うまく力が入らなくてパッケージを破ることもできない。俺だけ付けてるなんていつもと逆で、それがなんだか不思議だった。でも、こんなに昂っているのに俺は、君に貫かれたくて仕方がない。
この身体はすっかり作り替えられてしまったのだと改めて思い知らされて、羞恥に目が眩んだ。
「指、舐めて」
「ん……んん、む、……ふぅ」
差し出された指を咥えて、唾液をたくさんなすりつけるように舌を絡ませる。
「ん、じょーず」
これで拓かれることを知っている場所が、期待にきゅんと疼く。両側から広げられた後孔に唾液に塗れた指がつぷりと差し込まれた。
「ア、あ、……ん」
いつもはしつこいくらい慣らしてくれるのに、今日は性急だ。唾液だけじゃ足りなくて、万里くんは愛用のハンドクリームを惜しげもなく俺の中に塗り込んだ。東さん御用達の美容ブランドだと言っていたから、きっと高いやつだ。こんなことに使われるなんて思ってもいなかっただろうに。ハンドクリームに罪悪感を覚える日が来るとは、俺も思っていなかった。ごめんね、と心の中で呟いているうちにも、埋まる指は二本、三本と増え、身体はどんどん暴かれていく。余裕、あるように見えて本当はそれほど無いんだ。それは凄く、嬉しいかもしれない。
「ね、万里くん」
甘ったるい声で誘う。早く欲しいのは俺も一緒だから。
バラバラに動いていた3本の指がずるりと引き抜かれ、背が戦慄いた。さっき俺が付け損ねたスキンを手早く付けて、後ろに宛てがわれた怒張がずぶずぶと押し入ってくる。
「アっ!や、んん、……はぁ、あ……」
「きっつ……悪ぃ、やっぱがっつきすぎたかも」
「ううん、大丈夫。……もっと」
もっと奥まで。異物に侵されて本能的に逃げようとする腰を、自ら沈めていく。ひき結んだ口元を、親指がついと撫でた。息するの、つい忘れちゃうんだ。何度か吸って吐いてを繰り返し、その度に身体が少しずつ万里くんを呑み込んで、いっぱいになっていく。
太腿がひたりとくっついた。一番奥の、君以外誰も知らない場所。確かめるようにぐるりと一度グラインドして、今度は俺から、万里くんの口元に指を這わせた。堪えるようにシワを寄せた眉間が和らいで、薄っすら開いた口から細い息が漏れる。
「っぶね、入れただけでイきそーだった」
悔しそうな君も、可愛い。つるりと綺麗な額に軽く口付けた。汗の味に興奮するなんて、ちょっと変態っぽいから万里くんには内緒にしておきたい。
「動いていい?」
「すげー積極的」
「ダメかな」
「や、サイコーっす」
後頭部に差し込まれた掌に促されて、口付けを交わす。擦り合わせ、舌で突っつきあった。唾液が混ざり合っても、呼吸が溶け合っても、身体は一つになれなくて。俺たちはどこまでも他人で二つで、それがもどかしいけれど、だからこうして身体を重ね合わせられるなら、これは幸運なことかもしれないとも思う。
ボンネットに跳ねる雨音、ぼやけた街灯と、艶めかしい夜の帳。淡い闇の合間で溺れないように、万里くんの上で泳ぐ魚になった。
「ぁ、あ、……ん、……はぁ、ァッ……!」
「……はっ、……はぁ、」
肌がぶつかる音、淫靡な水音、汗と香水の混ざった万里くんの香り。その全部が酷く俺を駆り立てた。声、もっと聴かせて。せがまれなくなって、もうとっくに我慢なんてできない。万里くんを呑み込んだ部分から駆け上がる快感が、嬌声となって口から溢れて出た。
限界は近いのに、後ろだけじゃ熱を吐き出すにはあと一歩が足りない。腰を振るたびにぺちぺちと万里くんと俺の間で揺れる性器に手を伸ばす。上下に扱いても、スキンのゼリーだけじゃ摩擦でうまく擦れなくて、やっぱりあと少しが足りない。熱がぐるぐるとわだかまって、苦しい。
「ばんりく、……これじゃ足りな……ひぁあ!!」
俺の下で大人しくしていた良い子の万里くんは、俺の懇願に一転して、ぐいと俺の身体から自身を引き抜いたかと思うと、浅ましく蠢く肉を下から一気に貫いた。
「……っは、く、つむぎさ……、っッ」
荒い息の隙間、俺の名前が砂糖菓子のように甘く転がされて、ちかちかと星が散った。
一度引いた腰をまた打ち付ける。何度も、何度も。激しく荒々しいのに、その先端は俺の前立腺を余すところなく刺激して、足りない部分を一息に埋めていく。
「ほら、ナカ、いっぱい擦ってやっから」
「アッ! や、ま、待って! 待っ……ァ、ああッ!! や……だ、ぁあっ」
引き摺り込まれた快楽の渦になす術もなくて、満足に弄ってもいない性器がどくどくと脈打った。
こんなの知らない。前後も左右も上下も、なにもかもめちゃくちゃになって。怖い。気持ち良すぎて、おかしくなってしまう。助けを求めて、万里くんにしがみついた。
「や、ウソ……っぁ、やッ……! ……イっちゃ……ッ!」
つむぎさん、いっしょにいこ。甘く甘く囁かれたらもう堪らない。頭の中がまっしろになって、薄膜の中に欲望をどくどくと吐き出した。
「っ……は、……」
小さく呻きながら万里くんがぶるりと身体を震わせ、中で果てたのが分かる。脈打つ肉に合わせてじわじわ広がる余韻に浸る間も無く、ここで意識はぱたりと途切れたのだった。
昨日のぐずついたお天気から一転、今日は爽やかな陽気となるでしょう。洗濯物もよく乾きます。お天気キャスターの朗らかな声が空々しく流れてくる。
2組敷かれた布団のひとつに立て篭もった俺と、畳の上で正座した万里くんの間を乾いた風と波の音が通り過ぎた。
「俺、待ってって言ったよね」
「……はい」
「やだって、言ったよね」
「はい、言いました」
「なんで待ってくれなかったの」
寝起きであまり力が入らない目を叱咤して、思い切り万里くんを睨みつけた。
「なんでってそりゃアンタがエロすぎ……」
「ばーんーりーくーん?」
「はい、すんませんっした」
昨日、車の中で意識を飛ばしたらしい俺が目を覚ましたのは、すっかり夜も明けた早朝、つまりついさっきのことだ。
忙しない休憩じゃなくてせっかく一泊するのだから、ゆっくりじっくりお互いを求め合って、抱き合えれば良いと思っていた。というか、そんな夜と、万里くんの腕の中で目覚める朝を期待していたのに。目覚めたらそこは広い座敷の布団の中で、万里くんは荷物を残してどこかに消えていた。
心細くなってカーテンを開ければ、外はすっかり朝。しかも、白い砂浜に朝日に照らされた波が煌めく絶景のオーシャンビューだ。爽やかな景色に水をさす不思議な場所の筋肉痛に昨日の痴態が蘇って、どっと恥ずかしさが押し寄せてきて、その場に蹲った。
万里くんが部屋に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。ずいぶんさっぱりしていると思ったら、露天風呂に入ってきたらしい。満喫してる。ものすごく。
「せっかく万里くんとお泊まりだったから、もっといっぱい触りたかったのに」
「……は?」
「しかもこんな良い旅館、予約してるなんて」
「ちょい待ち。今なんて?」
「こんな良い旅館予約してるなんて」
「その前だ、その前。俺に? もっと??」
「いっぱい、触りたかっ……うわッ!」
ぐりんと視界が反転したかと思うと、至近距離に万里くんの端正な顔。しかも、極上の甘ったるい笑みを貼り付けて。
「チェックアウトまでまだ時間あるしさ。これからいっぱい埋め合わせしよ」
さあどうぞ触りなさいと言わんばかりに、手を広げた。可愛いお誘いだけど、残念ながら今の俺には響かないよ。
「だめだよ。露天風呂に入って、海辺を散歩して、モーニングが有名なお店でご飯食べて、お土産買って、稽古までに帰らなきゃ」
「いやいや、普通にめちゃめちゃ満喫する気じゃん。俺に触りたいんじゃねーのかよ」
「それはそれ、これはこれ」
あからさまに肩を落とす万里くんの下から抜け出して、頬に軽くキスする。口じゃなかったのが不満らしく、強請る唇を苦笑して受け止めた。
口付けが深くなる前に、身を引いた。まだ不満そうな万里くんの耳元に、手を添えて囁く。
「今度はゆっくり、いっぱいしようね」
カフェオレ色の髪を乱暴にかき混ぜて、万里くんは来週末の土日を所望した。耳が真っ赤になっているのが丸見えで、可愛くて笑ってしまう。甘えるのも、甘えられるのも、こんなにくすぐったくて心地良い。やっぱり俺たち、ひとつになれなくて良かったな。
立ち上がって、大きく伸びをひとつ。今日一日の予定を組み立てながら、潮の香りをいっぱいに吸い込んだ。